中植正剛 神戸親和女子大学准教授 教育工学を専門にする大学教員の日々の雑感


by toshishyun

<   2010年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

ツイッターというのはありがたいものだ。今日の午後にツイッターで知り合った富山県の小学校の先生が「電子黒板を思考の道具とするには」という課題を提起されたことが、自分なりに協同的問題解決の道具としての電子黒板について考えをすすめるきっかけとなった。

前提として、探求型のプロジェクト型学習ではなく教科指導という枠で考えることとした。

まずは、電子黒板というツールについて考える前に、通常の授業で次のことができているか再度チェックする必要があろう。

1. 課題提示に工夫があるか : 電子黒板を協同的問題解決の道具とするためには、課題が多様な思考を誘発するものでなければならない。単線的な思考を生み出すだけの課題では、協同思考の道具を用意しても深みのない活動になってしまう。

2. 生徒の個々の問題解決過程を可視化できているか : 教科の内容としての記述である対象記述に加えて、問題解決過程の記述であるメタ記述が普段からしっかりと可視化されているか。ノート指導や発表の中で、メタ記述を表現させる手立てができているか。また、そのようにして出された思考過程の共有ができているか。思考の結果ではなく経過がリアルタイムに共有されているか。

3. 机間指導を中心とした、形成的評価と支援ができているか :協同思考をコーディネートする教師として、生徒の思考を瞬時に拾うことのできる手立てがあるか。教育的な瞬間をみとって必要な支援ができているか。これは2のメタ記述の可視化がしっかりとできていないとおぼつかない。

これらの点が普段の授業で充実していなければ、電子黒板を協同思考の道具と位置づけるのは難しかろう。特に2を現状の授業の中で充実させることのよさは、電子黒板上における活動を、単なる発表会ではなく協同問題解決として展開するために重要な点であると思われる。

・・・このようなことを考えていると先の先生から指摘があった。「子どもたちの思考過程がノートに残り、それを教師がチェックして個別指導したり、面白い考えを拾って全体で話し合ったり。ん?今のノート、黒板の授業とどう違うんだ?」

ここで再びツールとしての電子黒板について考えなければならないだろう。子どもたちの思考過程、教師の個別指導、全体での練り上げ・・・その中で普通の黒板とは違う電子黒板のありかたとはどのようなものだろうか。

現行の電子黒板は提示の装置としてデザインされており、協同思考の装置としての機能は弱い。というわけで、デザインそのものからやり直す必要がある。しかしそれを言ってしまえばおしまいなので、協同的問題解決のツールとしての電子黒板として最低これは必要という機能を挙げたうえで、いまの電子黒板でできそうなことを探ってみる。

まずは現行の電子黒板を無視して、協同的問題解決のツールとしての電子黒板に必要な機能を考える。

1. 各生徒にデジタルガジェットを持たせて、それらの画面を電子黒板に転送・投影したり、電子黒板の画面をガジェットに転送する仕組み: つまり、協同的思考の場と各生徒の個人思考の場を往還する仕組み。現状のように教師が板書に生徒のノートを転記するのは時間の無駄。ワークフローを改善すべき。さらに、電子黒板&デジタルガジェットの特性であるマルチメディアコンテンツを取り扱うことで、問題解決のプロセスそのものが黒板&ノートのコンビとは違ったものになることが期待できる。

2. 複数の生徒が同時に電子黒板の制御権を獲得できるようにする仕組み: 一人で制御するというデザインでは提示装置の粋を出ない。現行のままでも、会議におけるホワイトボードと同じように誰かが操作をしながらみなでそれを話し合うということもできる。しかし、協同で思考をすすめるためにもう一歩進んだ機能を織り込んで、それを新しい形で活用し、授業を変革する工夫を模索することが教育を進化させるということだろう。

3 協同思考のための統合ソフトウェアを開発する :1,2が実現しても、教師が独自に協同思考のためのソフトウェアを開発していては普及はおぼつかない。テキストを含む様々なマルチメディア教材と、1,2を統合して処理できるようなラーニングマネジメントシステムの開発が不可欠。各教室の学びを学校全てで共有したり再利用する機能も不可欠

それから、電子黒板は50インチ程度ではとてもではないが小さすぎるという点も指摘したい。

以上の点をふまえて、現行の電子黒板でとりあえずアプローチがはじめられるのは2であろう。

イメージ的にはマイクロソフトのMischiefが近いかもしれない。友人が開発に関わっていて、ホームページで紹介しているのだが、これはプロジェクターに接続した1台のパソコンに20数台のマウスを接続して、複数の生徒のマウスポインターが画面に現れるというものだ。

http://moraveji.org/projects_med.html

アルファ版が日本語でも出ており、パワーポイントのアドオンとして利用できる。

http://www.microsoft.com/japan/multipoint/mouse-mischief/default.aspx

もともと、予算の少ない発展途上国向けに開発されたソフトなので、必要な台数のマウスさえ揃えれば使える。ただし、教師が用意した多肢選択式問題を回答させるというような使い方しか想定されていないようで、問題解決学習の練り上げのような高度なことはできないのが痛い。しかも、文字入力もできない・・・。もっと調査が必要だ。
[PR]
by toshishyun | 2010-06-27 22:57 | ラーニングとテクノロジー

丹波市幼稚園実習訪問

本学学生の幼稚園実習の訪問で、兵庫県丹波市まで足を運んだ。

園長と研究主任が出迎えてくださった。この園は教諭の力量向上に力を入れているが、丹波市全体でも各園で公開保育を実施して教諭同士の切磋琢磨に取り組んでいるということであった。

各園は独自の研究テーマを決めているが、今日お世話になった園では、児童の自主的な活動を支援する環境づくりをテーマにされている。先日実施された公開保育では、市内各園から教諭を1人ずつ招いて、午前中は児童が自主的に遊んでいる姿を公開し、午後には園の歩みの話などをして情報交換をしたということであった。

幼稚園の職員研修についてはこれまで具体的な取り組みを実際に耳にすることはなかったのでこういう話を聞くのは大変勉強になった。実習生だけでなく、実習訪問を担当した教員まで学ばせていただいたというわけである。

丹波市は今後、認定子ども園への移行を経て民間に幼稚園・保育所事業を移管すると方向が決まっているということだが、研究主任の先生は、目の前の児童のために最後まで教諭としての力量を高めあってゆきたいという強い思いを語られた。その情熱と姿勢に共感した。
[PR]
by toshishyun | 2010-06-25 14:21 | 授業研究
週末に本学で開催される国際教育フォーラムのレセプションに出席。以前から交流があり、本年度も僕が学生を引率してつれてゆくことになっている、カナダのトロント大学附属小学校のモーレイ校長と話をしていて、同校が6年前から授業研究にとりくんでいることを知った。そして、その指導助言をしてきたのが、アメリカのスタンフォード大学で僕のメンターとなってくれたアキ先生だということがわかってお互いにびっくりした。世界は狭い。

カナダとアメリカと日本の授業研究をどう比較してゆくのか、授業研究のサスティナビリティとはどういうものなのかについて協同で考察をすすめてゆくことをお互いに約束した。モーレイ校長は、日本のローカルスクールの実態について照らし合わせながらカナダの実践についての考察をすすめたいということをおっしゃっておられた。ご滞在中にもう一度機会を作って話しがしたい。

9月にトロントに行くのが楽しみになってきた。カナダ版の授業研はいかなるものだろうか。
カナダ人の先生に感想や思うところをいろいろ聞いてみたい。
[PR]
by toshishyun | 2010-06-22 21:12 | 授業研究
兵庫県の山間部にあるK小学校の校内授業研究会にお邪魔した。この小学校は、算数の授業研究の中心にノート指導を設定して研究をすすめている。

玄関に到着するなり、僕の名前でよびかけていただいた挨拶と「校長室までどうぞ」というメッセージの書かれた黒板が目に入る。初めて訪れる学校だったが、学校をあげて歓迎していただいて気持ちがほぐれた。このようなおもてなしの心を示していただいて気持ちよくお付き合いが始まるのはすがすがしい。それと同時に、授業研究の取り組みに対する学校の意気込みや姿勢が感じられ、自分もしっかりと話題提供しなければ、と身がひきしまる思いであった。

研究主任のH先生は今年赴任されて間もないということだったが、今日のワークショップ型の事後協議会は、事前の電話打ち合わせで僕が「何か事後協議会の工夫はされていますか」と言った一言をきっかけにして普段されている事後協議会の方法から計画変更されたそうで、そのような前向きで柔軟な姿勢を見るにつれ、K小学校の学校研究がこの先豊かに活性化してゆく兆しが見える思いがした。

他に授業研究の方法の課題として僕が提案したのは、現状の年間計画を変更して一人の教師が年間複数回研究授業をするというものであるが、これも学校長が真剣に検討してくださっている。K小学校の実行力を感じることができた。この提案をうまく実行に移すことができればK小学校の授業研究の質はますます向上することだろうと期待している。

講演で僕がさせていただいたお話は、ベテランのH先生と教頭のA先生がその本質を瞬時に掴まれてしっかりと受け取ってくださり、さりげなく交通整理してくださった。結果的に学校として目指している方向とうまく講演内容が合致したことがわかり、話者としてはうれしい限りである。

熱心にメモを取りながら聞いてくださっていた先生方に混じって、じっと耳を傾けていただいた一番若い先生の姿も印象に残ったが、そんな様子を見ながら、僕はちょうど氷河期世代で教員の採用も少なかった世代だから、ベテランと若手をつないでいけるちょうどいい立場にいるのだと感じた。

熱心な先生方のなかで、真摯に授業に向かい合いながらじっくりと授業をされていた授業者のF先生の学ぶ姿勢が印象的な授業研究だった。いい学校だなと充実感とともに校門を後にした。
[PR]
by toshishyun | 2010-06-21 22:45 | 授業研究
文部科学省発行の「教育の情報化の手引き」によると、小学校におけるICTを活用した指導は「児童によるICTの活用」と「教師によるICTの活用」の二つのアプローチがあるとされている。

教師によるICTの活用で近年盛んなのが、実物投影機を利用して資料やお手本や児童のノートを提示したり、プロジェクターを用いて教師が撮影した教材の写真を提示するという「気軽な」活用方法である。児童によるICTの活用では、発表の際にOHCやパワーポイントを用いたり、調べ学習でデジタルカメラを用いて発表用の資料を製作したり、図工や社会の授業でチラシを創ったりという活用方法を目にすることが多い。私は大いにこういう活用はしてゆけばよいと思う。

しかし、気になるのは、「気軽なICT活用」のかけ声が大きくなることによって、ICTが単なる伝達と記録の道具になっていやしないかということである。というのも、最も気軽なICTの活用方法とは、何かをちょこっと伝達するという使い方だからである。そのような形での活用を否定するわけではないが、やはりICTを思考の道具として活用するという方向をもっと模索してもよいのではないかと思う。

少し話が変わるが、小学校における昨今のノート指導で重視されるノートの機能とは次のようなものである。
1. 思考の作業台
2. 思考の交流のための装置
3. 振り返りのためのポートフォリオ

ノートとは、問題解決学習において、自分なりの見通しを持ちながら思考をすすめるための道具であり、自分の考え方をモニタリングしながらそのよさを自覚するための道具であり、他者に自分の考えを工夫して伝えようとする意欲を高める道具であり、他者の考え方との共通点や差異を自覚するための道具であり、そして、自らの思考の道筋を反省的に振り返るための道具でもある。このようなノートの活用方法の基盤にあるのは、他者と互恵的・協同的に学びあう、学びの共同体という考え方である。旧来の、記録する道具、練習問題を行うための練習をする道具という位置づけを超えて、思考と協同の道具としてノートは位置づけを変えてきた。

ICT、つまりコンピュータを学習のための道具として捉えるならば、ノートが思考の道具として位置づけなおされたように、やはり思考のための道具、協同のための道具として用いるというスタンスを忘れてはならないだろう。そのためには、学習の内容や結果を記述する道具という観点だけからICTを捉えるのではなく、学習の方法やプロセスを記述する道具としてICTを捉え、授業設計に工夫を凝らしていくことが重要になる。これは、新学習指導要領総則第3章の第5節「教育課程実施上の配慮事項」に示された、1. 問題解決を通じた学習、2.言語環境と言語活動の充実、3. 見通しと振り返りのある学習 4. 教師による評価と指導の4点に強く関連している。

もともと、インターネットやPCは協同思考の道具としての位置づけがあるわけだし、国内の一部の学校や海外の学校におけるCSCLの実践と研究の蓄積はあるわけだから、すでに枠組みはある。また、新学習指導要領で定める学力や評価基準も、90年代後半に教育の情報化が始まったころと比べて、思考の作業台・交流の装置・振り返りのポートフォリオとしてICTを活用するスタンスとの親和性が高まっており、そのような使い方が不易となるための法的基盤はずいぶんと整備された。

ただし、記録と伝達に偏りがちな「気軽なICT活用」が旧来の授業方法の中で語られているのとは対照的に、黒板を媒介として集団的に思考を練り上げるという学習スタイルに特徴がある日本の教室文化の中で集団思考の道具としてICTを活用してゆくためには、旧来の授業方法に固執していてはできないことも多い。しかし、知識基盤社会における教育の望ましい姿を考えるにつけ、旧来の学級集団を軸に据えた指導方法のよさを発展継承するかたちで、授業文化そのものを変革させてゆくような改善も必要なのではないだろうか。海外の授業と比較すると、黒板文化を中心とした日本の教育はとても質が高いのは確かではあるし、そこにはまり込んでしまっては進歩の道が閉ざされる。もちろん、ICTを使って集団思考をするような授業は、最初は見劣りのするものだろうし、奇をてらったものとして映るかもしれないし、研究授業などで批判の餌食になる可能性は十分にある。しかし、それが変革の痛みというものなのだろうし、そういう痛みを共有できる教師集団であれば、それはすばらしいことだと思う。

ここで述べたようなことは、90年代後半からずっと言われ続けられたことかもしれない。しかし、人は忘れやすい生き物である。「手軽なICT活用」が広がりを見せるいまこそ、もう一度教育の情報化の本質を押さえた議論をしていかなければならないと思う。片手で気軽なICT活用についての事例を蓄積してゆきつつ、もう片方の手で思考と協同の道具としてのICT活用を探求していく、というのが現在われわれに課せられた仕事であると感じる。
[PR]
by toshishyun | 2010-06-13 22:39 | ラーニングとテクノロジー

氷上情報研出席

氷上情報教育研究会例会に出席。

丹波市の小学校に4台ずつ配備されている、ElmoのOHC(実物投影機)のデモを拝見。子どもにわかりやすいように、子ども用の説明が書かれたシールを本体に貼ることができる優れもの。とってもコンパクト。しかも、投影画像の一部を隠す機能、「ココ注目」と注意をひきつける機能、投影中のものを撮影してSDに記録する機能など、授業での活用にうってつけの機能がしっかりと入っている。うーん、うちの大学にもほしい。小1を担任している先生、明日からさっそく使ってみよう、とのこと。

もうひとつ拝見したiPadのデモは総務省のフューチャースクールなどの話も交えて。やっぱりデフォルトのままでは教育利用はちょっと使いにくいか。VGA出力も静止画と動画のみだそうで。

私からは、ポケモン株式会社のポケモンPCチャレンジをデモ。低学年~中学年向けのマウス操作&タッチタイピング練習ソフト。アルファベットの読み上げもある。上級レベルのチャレンジは、私がやっても結構むずかしい。無料ということで、さっそくオンラインで申し込む先生も。使ってみてどうだったのか、あとで聞いてみたい。

ついでに、Smartpenを紹介。ノートに文字を書きながら、周囲の音が録音できる。録音後、ノートの文字をペンでタップすると、そのときの音が再生されるという代物。ノートはあとでPCに取り込んで、ウェブで共有することもできる。紹介したとたん、2人の先生がお買い上げ。アメリカから直接買ったほうが安いので、私のAmazon.comのアカウントで注文。いいと思ったら躊躇せずに手に入れる。見習いたいところ、だけど先立つものがいつも気になって。でも、これで身の回りの人の分を合わせると4本になった。

ルブリックを活用した授業設計の簡単な打ち合わせ。研究授業は国語。

来月お世話になる小学校の授業研究についての簡単な打ち合わせ。研究として何を高めるべきなのかが目下の課題だということで、取り組み甲斐のある課題だと感じた。

氷上情報研の先生方はJAET上越大会に向けて燃えておられます。
[PR]
by toshishyun | 2010-06-13 00:21 | ラーニングとテクノロジー

ふきだし法の立ち位置

神戸親和女子大学亀岡正睦先生に指導をしていただきながら、ふきだし法の研究をすすめている。ふきだし法とは、算数指導において、ノートに自分の考えを漫画のふきだしを使って書くノート指導の方法であるが、これが実に奥が深い。単なるノート指導にとどまらず、それを基盤にして教室に議論の共同体(discourse community)を構築するという大きなひとつのシステムとなっている。ただし、システムといってもマニュアル化されたものではなく、教師が反省的に学級集団と関わりながら、児童一人ひとりの考えのよさや意欲を丁寧に見取り、支援が必要な瞬間を捉えて共感的・肯定的に関わってゆくことを指導の原則としている。

亀岡先生によって開発されたこの実践は、開発から20年を経て、現在も先生ご本人の手で理論化が進められており、次のようなさまざまな学習科学の知見が援用されている。議論の共同体(Discourse community)、互恵的学習(Reciprocal Learning)、最近接発達領域(Zone of Proximal Development)、協同的・反省的学び(Collaborative, Reflective Learning)、などなど、どれも学習指導要領でいうところの思考力・判断力・表現力の育成と生きる力につながる理論ばかりである。私がこれらの理論に触れたのはもう10年近くも前のことであるが、このふきだし法という実践に触れていると、実に自然にこれらの理論が適用できるものなのだなぁという感想が湧いてくる。

話は変わるが、授業研究というものは、学習理論と授業実践が交差する領域に存在する研究分野であるが、ふきだし法という指導法は学習理論と授業実践をつなぐ糊のような役割をしていると感じている。とすれば、ふきだし法は授業研究の方法としても有用な役割を果たすはずで、ふきだし法を活用した研究授業によって授業研究の質の向上と教師の成長をはかることができると踏んでいる。伝統的な授業研究の研究手法に加えて、ふきだし法を方法論に加えることは、授業研究の研究をすすめてゆくうえで画期的な扉を開くことができるのではないかと期待できる。

ふきだし法については、今年は東大阪の某小学校に関わらせていただくことになっているが、地元兵庫県でも実践が進めばよいなぁと思うしだいである。私としては、そうやっていろいろと関わってゆくなかで、授業研究のあり方、教師集団の成長、ICT活用の推進、そういったものを追求・考察してゆくというスタンスが取れればよいと思っている。
[PR]
by toshishyun | 2010-06-13 00:03 | 授業研究