中植正剛 神戸親和女子大学准教授 教育工学を専門にする大学教員の日々の雑感


by toshishyun

カテゴリ:ラーニングとテクノロジー( 49 )

ミルズ大学のキャサリンルイスさんに会ってきました。

http://benesse.jp/berd/center/open/syo/view21/2007/07/s01toku_16.html

お会いしたついでに、昨日疑問に思ったシンガポールの教育についても聞いてみましたが、実はルイスさん、授業研究についてお話してくれとシンガポールの先生達に依頼されているようです。日本という近場があるというのに、なぜまたわざわざ、とおっしゃっておられましたが。まぁ、日本式の授業というものに、シンガポールでも関心がもたれているわけです。

ルイスさんと話していて再認識したんですが、シンガポールって人口が400万人程度の国で、国というよりも、どちらかというと「都市」なわけです。そのような国で集中的にお金をかけてやっている習熟度別のエリート選抜教育を、日本という人口1億数千万人の国家が見習うにはあまりにも事情が違いすぎますね。これは福祉なんかでもそうで、よく北欧の福祉と日本の福祉を比較するような記事がありますけど、国家の規模というものをついつい見逃しがちになってしまいます。

さて、シンガポールはたしかにTIMSSの点は高いのですが、シンガポールでは、優れた先生といわれる先生でも、単なる詰め込み式の教育をしているようで、生徒が授業で積極的に自分の考えを述べるという点については問題が残るということです。これからの時代、他者と協力しながら価値を創造していけるような人材が必要とされているわけですから、いくらTIMMSの点が高いからといって、シンガポールの詰め込み方式を日本に導入するのは時代を逆行しているといえるでしょう。テストの点とり虫を量産しても仕方がないわけです。

日本式の授業は、国際比較調査ではほどよく点もとれるし、子どもたちが内容に沿った考えをお互いに練り上げることで生徒の社会的成長も促進するし、なかなか絶妙なバランスがあるようです。

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シンガポールの教育については余談で話したことで、今日は授業研究と算数教育についていろいろとお話ししてきたのですが、それはまたどこかで論文にでもまとめたいものです。
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by toshishyun | 2008-12-11 15:40 | ラーニングとテクノロジー

2007 TIMSS

2007年TIMSSに関する記事への感想

**** 産経新聞*******
[上位占める東アジア 秘密は「国策で初等教育に力」 国際調査]

全教科で3位以上の成績を収めたシンガポールは、徹底したエリート選抜システムが特徴だ。小学校高学年から試験による振り分けが始まり、同じ学校でも成績によって違うコースを用意するなど、徹底した能力別教育で競争心をあおる。全教科で3位以上の台湾は中学3年で全国一斉の基礎学力テストを行い、全体的な底上げを図っている。

(中略)

 「学ぶプロセス」重視の欧米に対し、東アジアは「学ぶ」こと自体に力を入れている。猿田総括研究官は「ある意味、東アジアは詰め込み教育に近く、小中学校の段階では効果があるため欧米も注目している。しかし、創造性や好奇心が損なわれるとの批判が出始めている国もある」と話している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081210-00000502-san-soci
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うーむ。習熟度別指導は上位の生徒のうちでもほんの一部にだけに恩恵があって、それ以外の大多数には弊害のほうが指摘されているんだが。しかし、シンガポールでは成功していると、この記事は言っているな・・・。

それから、ヨーロッパは知らないけど、アメリカでは、日本の授業が「厳選された内容」のカリキュラムで「学ぶプロセス」を重視して指導しているから国際比較調査で好成績なのに対して、アメリカの授業は「やり方を教えるだけ」でしかも「詰め込み教育」になっているから成績が悪いことが指摘されているのだが・・・。実際、カリフォルニアのカリキュラムと日本の指導要領を比較してみると、アメリカのほうがなんでもかんでも詰め込んでいるのがよくわかるしなぁ。

いったい何がなんやら。混乱するなぁ。

単に産経新聞が、「アジアは競争重視の詰め込み、欧米は考え方をしっかり教える」というステレオタイプを踏襲しているだけなのか。

それとも、習熟度別指導を批判する論は岩波から出ているが、これはリベラルなアプローチによって組み立てられた論理なのか。

数学・算数に限って言えば、アメリカ人が日本の授業を「プロセス重視の優れた教育」と言っているのに、日本では欧米を「プロセス重視」というのは、国際比較をするときには、隣の芝生が青く見えるからなのか・・・。この猿田祐嗣さんという国立教育政策研究所の人は理科教育の人のようだけど、理科ではそうなのかな。

***** 時事通信 ****
[授業拡充前に成績改善=今後さらに得点増?-前回調査で理数重視へ]

国際数学・理科教育動向調査では2003年の前回調査で日本の成績が落ちたことから、小中学校の新学習指導要領で理数教育が重視されるきっかけとなった。文部科学省は両教科の時間、内容を新指導要領に沿って来年度から拡充するが、07年調査では、その導入前から学力が改善し始めた実態が浮かび上がった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081210-00000006-jij-soci
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PISAでもTIMSSでもそうだけど、たった一回の国際調査で教育内容をあちこちいじりまわさなくてもいいのではないかと思います。なんか、教育現場を離れた政治的パフォーマンスで教育をぐちゃぐちゃとこねくりまわしてもねぇ、せっかくのいい取り組みがあったとしても、成果が出る前にどんどん捨てていっちゃうことになりそうです。そう、アメリカのように。

それにしても気になるのは、意欲・・・ですね。日本の子どもの意欲が低いのはいったいなぜか。ホントに意欲が低いのか、質問の主旨が日本の子どもの意欲をうまく測れないのか。
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by toshishyun | 2008-12-10 14:45 | ラーニングとテクノロジー

大学とボクの授業改善

アメリカの授業研究について調査をすすめています。

いろいろ読みすすめていると、大学での授業改善についてふと考えてしまいました。

僕は授業がとってもヘタです。できればうまくなりたいと思います。あたりまえです。これはやっぱり授業に出てくれる学生に「楽しくよくわかって、満足した」という経験をしてほしいからにほかなりません。

しかし、大学には上手な授業の仕方を学ぶ機会がありません。さすがに小学校や中学校から大学に移られた先生は、おおむね上手な方が多いようです。そういった方々から学びたいと常々思いますが・・・。

ネックは、次のようなことだろうと思います。だいたいの授業研究では、研究授業に向けて「複数」の教員で授業を計画します。小学校なら、学年でチームを組んで、算数の「角度」の単元なら、その単元のうまい教え方をみんなで考えるわけです。

ところが、うちのような小さな大学では、そもそも同じ科目を担当する人が少ない。僕は情報処理の授業なんかを持っていますが、うちの大学、情報の先生は2人だけ・・・。もちろんこの2名であれこれと授業を計画したらいいんです。でも、そうだとして、次の問題は、「誰に見てもらうの?」ってとこです。内容を的確に押さえているか、学生の理解やつまづきはどうか、発問の的確さや導入の適切さはどうか、などについて、授業を見てもらった後で話し合いが行われるわけですが、よくわからない教科内容について、他の先生から的確なご意見がいただけるのかどうか・・・。大学は、教員の専門分野がばらばら、科目も小中学校に比べるとあまりにもバラエティーに富みすぎてます・・。

いろいろと言っていても仕方がないので、授業の上手い先生が刷った印刷物なんかを僕はこっそりみたりはしています。そんなのを見てはその先生の授業の作り方を想像し、少しでも上手に授業が計画できたらなぁとは思うものの、やはりそこはベテランの先生と「一緒に」授業の計画をしてみて、それを実際に実践して、色々と学びたいものです。

まだまだ悩みはつきません。というのは、情報関係の授業は内容の変化が激しく、教材を作るだけで精いっぱい。小学校・中学校ならば、学習指導要領があるので、少なくとも「何を教えるか」については明確で、先生は「どうやって教えるか」に集中できますが、大学は何を教えるのかから考えなければなりません。教える内容の変化が激しいため、指導法の積み重ねもあるのかどうか・・・。なんだか、教材づくりばかりで溺れていて、肝心の授業のやり方の向上まで行きつけていない気が・・・。他の大学の先生はどうされてるんだろ・・・。ときどき他の大学の研究室に遊びに行った時にあれこれ見せてもらってはいますが。「あ、それ、僕もやってもいいですか」などと言って、とりあえず真似をしては失敗したり成功したりするわけです。情報教育の授業研究とかないかな・・・あるかもな・・・。

いえいえ、これは愚痴ではありません。とりあえず問題点をここに書いとかないと忘れちゃうからなんです。いつの日か、「おお、そんな初歩的なことでつまづいてたのか」と鼻で笑う日が来るといいな、と願いつつ。

まぁ、僕みたいな授業でも、「先生の話はほんとうに楽しくてよくわかる。例えが面白くてわかりやすい。」と言ってくれる学生がいるから、頑張れます。
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by toshishyun | 2008-12-03 13:28 | ラーニングとテクノロジー

授業研究と修士号

日本で広く行われている授業研究も、アメリカではまだほとんど行われておらず、その歴史も浅いものです。アメリカの授業研究はLesson Studyと言われますが、これは日本語の授業研究を訳したもので、日本の授業研究ががお手本となっています。

アメリカでは教師が大学院に戻って修士号を取ることがあります。そして、修士号を取得すると給与にそれが反映されます。だからみな、大学院に行くことで少しでも給与を増やそうとがんばります。日本でも、広くあまねく教員に修士号を取らせようという動きがありますが、少し疑問を感じています。

日常的に授業研究を通じて授業改善を行い、教育における新しい流れに集団としてついていっている日本の教員と、そういう機会が持てないアメリカの教員とを同列に語れるのでしょうか?

素朴な疑問です。
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by toshishyun | 2008-11-19 05:20 | ラーニングとテクノロジー
あまり日本では知られていませんが、アメリカの各州には、日本の指導要領にあたるカリキュラムスタンダードというのがあるのですが、ジョージア州の算数・数学のスタンダードは、なんと日本の学習指導要領を下敷きにしています。

日本の算数・数学教育が優れているのはアメリカではよく知られているところですが、公的に日本のやり方を取り入れているジョージア州には、なんだか親近感がわきます。

アメリカのスタンダードは、いわゆる詰め込み教育的に、とにかくたくさんの内容をカバーしている割には、それぞれの単元の理解が浅いことが問題だと言われています。「a mile wide, an inch deep」などと揶揄されます。

一方で、日本の学習指導要領は、程よく厳選された内容で、しかも、学年をまたいで系統立てられた内容で、一つ一つの事項を深く分析しながら学べるように配慮されています。ジョージアは、他州に先駆けて、日本を手本に大胆にスタンダードを変更しました。

ただし、問題もたくさんあって、一番の問題はやはり「授業研究」がないことです。以前の投稿にも書きましたが、アメリカには授業研究や指導案というものがありません。したがって、ジョージアで大胆にカリキュラムを改編しても、それに教員研修がついていかない可能性が高いのです。

また、日本の算数・数学教育では、「線分図」のような、問題についての教師と生徒の対話を仲立ちしたり、生徒が問題を自分で分析したりするときに使用する、「視覚的支援ツール」が充実しています。こういうツールの利用なしに、日本的なカリキュラムを導入しても、日本のような「課題解決型」の授業展開は難しいのではないかと思います。

ともあれ、ジョージアの実践が困難を伴うものだったとしても、日本のやり方を取り入れることで、少しでもジョージアの算数数学教育がよくなれば、と願わずにはおられません。

カリフォルニアの様子も調べていかないと・・・。

「参考文献 渡辺忠信 アメリカの数学カリキュラムの近況:課題と展望 日本数学教育学会誌」
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by toshishyun | 2008-11-18 14:24 | ラーニングとテクノロジー
文部科学省 新学習指導要領の円滑な実施に向けた支援策で、教材の整備に180億円。

http://www.nicer.go.jp/lom/data/contents/bgj/2008110601024.pdf


このなかで、教材の例として「電子黒板」があげられています。これは、プロジェクターを使ってパソコンの画面を表示することができる黒板で、パソコンの画面で制作した資料を投影しながら、普通の黒板のように、そこにいろいろと書き込みができるというものです。

せっかくの機会なので、学校におけるICTの利用についての流れを少し整理しておきたいと思います。あくまでも雑感です。

インターネット黎明期~成熟期(1995年~2000年くらい)には、
 ・インターネットを生徒の調べ学習に用いる
 ・意見交換や成果共有に電子掲示板やグループウェアを用いる
 ・シミュレーションのためのソフトを用いて、生徒に実際にいろいろと操作をさせてみる
のような利用のされ方が主流でした。

このように、生徒1人に1台、あるいは1人に数台というように、多数のパソコンを用意して生徒に操作をさせる使い方を「タイプI」としておきます。

もちろんこれらの使われ方がなくなったわけではありませんが、最近は、
 ・先生が自分でデジタルカメラで撮影したり、インターネットの資料を使って制作した資料をクラス全体に提示して授業をすすめる
 ・先生が作成した動く資料などをプロジェクターで提示して授業を展開する
のように、先生が自作のデジタル教材を提示する方法が多いようです。電子黒板の導入も、この流れの一環としてとらえられます。

このように、先生のパソコンだけを用意して、電子メディアの特性を活かした教材を提示しながら授業をすすめるような使い方を「タイプII」としておきます。

タイプIからタイプIIへのシフトには、次のような原因が考えられます。

 ・タイプIは、パソコン教室への移動が伴うので実施が困難
 ・タイプIは、シミュレーションやグループウェアの購入が、台数分必要であるが、かつてのように、ソフトウェアにかける予算がない
 ・タイプIで、グループウェアや掲示板を利用する場合、サーバーの設定など、教員に管理者レベルのITスキルが求められる。スキルが足りない場合は業者に依頼することになる。
 ・タイプIは、生徒のパソコン操作能力のばらつきがあるために、実施が困難
 ・調べ学習によるオープンエンドの学習は、総合的な学習の時間などで主に実施されるが、その効果測定が困難
 ・タイプIのように、生徒にパソコンを使わせて学ばせるやり方には賛否両論がある。

 ・タイプIでは、ICT利用が授業方法そのものを根本的に変えている。タイプIIは、これまでの授業方法のほんの一部にICT利用を組み込んでいるので、一部の教員だけでなく、幅広い教員に受け入れられやすい。
 ・タイプIIのようなICT活用方法は、これまでの授業方法の延長線上にあるので、これまでの教材開発の工夫や授業方法の工夫がそのまま活かせる。
 ・日本の授業方法は、ひとつのトピック(資料)についてじっくりと対話を重ねていくスタイルなので、全体の前で資料を提示してみんなで対話をするスタイルであるタイプIIは、教員にも生徒にも受け入れられやすい
 ・タイプIIは、デジタルカメラの操作方法やパワーポイントの操作方法など、基本的な技能の習得だけで事足りるので、教員にとって技術的なハードルが低い

こんなところでしょうか。
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by toshishyun | 2008-11-09 07:37 | ラーニングとテクノロジー
まだ調査の余地はありますが、少しばかり聞いたところでは、どうもそのようです。

算数や数学でおなじみの線分図、tape diagramと訳されるのですが、どうもなさそう・・・。

現在僕は、中学生の家族が家庭生活の中で使えるような、数学支援のための携帯電話ソフトを開発中なのです。その開発にあたり、そのソフトで線分図を表示できるようにしようと考えて、「あの、これこれこういう図って英語でなんていうの?」と絵を描いてみせてプロジェクトチームのメンバーに聞いてみたら、「あー、なんだろ?diagram(図)かなぁ」というあいまいな答え。「え、うそ?線分図知らんの?」と若干びっくり。

それから数週間して、日本の数学教育に関する論文をAki先生にいただきました。Aki先生の論文でも、線分図のことを、「日本の数学教育で頻繁に使われる視覚表現」などともって回った説明をしていたことからも、どうやらこちらには線分図がないようです。アメリカでもそれらしき図はあるのですが、日本のように学年や単元をまたいで利用される汎用性のある使い方はしていません。

うそ??!!ほんとに??!!信じられない!
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by toshishyun | 2008-11-08 07:55 | ラーニングとテクノロジー
アメリカには指導案も授業研究もない!!これは驚きです。日本の学校文化の根本を支えるこれらのものがないというのはいったいどういうことなんでしょうか。今日はアメリカの数学教育について、スタンフォード大学のAki Murataさんにお話を伺いました。彼女はスタンフォード大学で日本の算数・数学における授業研究を研究されています。いろいろとお話をした中でこれはと思ったことをまとめます。

アメリカでは、日本の先生がやるような授業研究というものは存在しません。日本の先生は、お互いに研究授業を見せあったり、自分の指導案を共有したりして、当たり前のようにお互いに切磋琢磨をしますが、そういう習慣がこの国にはないのです。

この話の前提としては、次にあげるようなアメリカの教育現場の文化があります。

1) 個人主義
2) 学校の先生は用意された教材とカリキュラムをデリバリー(配達)する人
3) 教員評価

それぞれについて説明します。

1については、これは教員集団の底に横たわるアメリカという国家の文化と言えるものです。個人の自立が集団の和よりも優先されるので、各先生がばらばらの内容を授業で教えます。各州にはスタンダードという、日本の指導要領にあたるものが用意されていますが、これはあくまでも基準であって必ず守らないといけないというものではありません。結果として、先生のスタンドプレーによって、生徒の学力にも統一性がなくなります。もちろん、お互いに授業内容を共有したりという文化はここからは生まれません。研究授業をお互いに見にいったり、大部屋の職員室で机を並べて情報交換なんてことはないわけです。

2については、教員という職業そのものに対する日米の考え方の違いがあります。日本では、先生が工夫をこらして教具を開発したり、教授法を考え出したりして、指導案という形にまとめ、それを授業で実施します。つまり、先生は授業の設計者であり、教材や教具の開発者でもあり、それを実施する人でもあるわけです。ところが、アメリカでは、先生という職業は「用意された教材や教授法を実施する人」という位置づけであり、工夫をこらした教具や教材や指導法の開発は先生には期待されていません。そういう職業的な位置づけなのです。

では教具・教材の開発や授業の設計はだれがやるのかというと、教科書会社や非営利のカリキュラム開発団体といった、専門の業者がやるわけです。先生は、教科書会社が用意したマニュアルに沿って授業を進めます。日本の先生が聞いたらひっくりかえりそうですね。というわけで、授業の設計を記した指導案なるものが存在しないのです。

もちろん、アメリカでも、意欲のある先生は自分で教え方や教具に創意工夫をこらします。僕自身、優秀な先生のそういう授業を見学して感銘したこともあります。ただ、そういう先生が必要とするインフラが整っていないわけです。参考になるような他の先生の指導案などありませんし、授業研究もないわけですから他の先生の授業も参考にできません。日本にもアメリカにも個人として優秀な先生はたくさんいますが、先生が個人でできることには限りがあります。アメリカの先生は、いくらやる気があっても日本ほど教える力がつかないのです。

3については、日本でも大学などでは実施されていますが、教員や校長が評価の対象になるため、自分の失敗を共有してお互いに支えあうという文化がないのです。どうしても評価が入ってくると「共有する文化」から「隠す文化」になってしまうのですね。いくらアメリカとはいえ、評価がすぐにクビにつながったりすることはないですし、多くの教育学区で給与は年功序列ですから、評価が給与につながることは少ないはずですが、それでもやはり「隠す文化」になってしまうのですね。

このような文化的状況を背景として、多くのアメリカの先生は、教科書に載っていることをただただそのまま伝えるだけという授業をしているわけです。もちろんアメリカの先生も生徒を伸ばしたいという思いは日本の先生と同じです。しかし、どのように教えたらいいのかわからないし、特に数学・算数のような科目の場合は、自分自身も生徒としていい授業を受けてこなかった経験がある分、教えるモチベーションもあまり高くないようです。

大学で教育研究に関わる研究者の間では、日本の授業研究の文化は知れ渡っており、多大な称賛が寄せられています。ただ、現場の先生はそういうことは知らないですし、彼らに授業研究をいきわたらせることは、上記の文化的理由でなかなか難しいようです。

僕はヨーロッパの教育なんかは全然知らないのですが、アメリカと比較して見えてくるのは、日本の教育がいかに優れているかです。日本の先生はとっても優秀ですし、こちらの先生と比べてもよく働きます。例えば、カリフォルニアでは先生は家庭訪問をしません(移動の問題とかもあるでしょうが)。古くから積み上げてきた創意工夫を惜しまない授業研究文化によって、日本の子供たちは、格安の授業料で非常に質のいい教育を受けています。

日本のマスメディアでは、日本の教育の問題ばかりにスポットライトをあてて、あたかも日本の教育が崩壊しているかの印象を与えています。その結果として、アメリカで大失敗している評価結果の公開やバウチャー制度やチャータースクール制度の導入が検討されたりしています。インターネットなんかでも、教師に対する評判は、休みもたくさんあって楽だし、自分の思いのままにできるから社会性がないなどと、偏見も交じってさんざんだったりします。日本の社会での、学校に対する評価は厳しすぎるようです。

しかし、そうではないということを、アメリカの教育現場との比較を通じて伝えていけたら、と思っています。私たちにとって、一時的な感情論ではなく、メディアや偏見のフィルターを外した客観的な姿で日本の教育をとらえることが、次の世代の教育をより良いものにすると思うからです。
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by toshishyun | 2008-11-07 05:54 | ラーニングとテクノロジー

Stanford IT Openhouse

スタンフォード大学のITサービス部門が開催する展示会に行ってきました。

大学の中でも、いろいろなサービスがあって驚かされます。

ウェブサービス部門からは、
・ 大学のホームページのテンプレートを使って、簡単にホームページが作れるサービス
・ ボタンをクリックしていくだけで、オンライン調査などのフォームが簡単に作れるサービス
などが出品されていました。

そのほかにも、
 オリジナルのLMSである「Coursework」の展示
 iPhone向けの、授業登録・人名目録検索、学費支払いアプリケーションの紹介
 キャンパス全体のネットワークを監視する部門の紹介
 医学部生向けの、臨床実験方法を教えるオンライン教材の紹介
 ITに関する疑問質問を、自然語検索で答えるサイトの紹介
などなどがありました。すべて、スタンフォードのIT部門内で開発されています。それぞれのチームにスタッフが数人配置されているという、とっても贅沢なIT環境です。

外部の企業からはCicsoのWebEXというハイエンドのオンライン会議システムが紹介されていましたが、スタンフォードと契約しているということで、スタンフォードのメンバーであれば、ひと月30ドルぐらいで利用することができます。うーん、うちの大学なら数百万払っても、利用者はせいぜい数人だから、結局元がとれなくてこんなハイエンドな電子会議システムは買えないんだよなー。スケールメリットってすごいなぁ。

スタンフォードのように、何千人もの人が利用する環境だったら、IT部門もほんとにいろいろなサービスが企画できるし、とても贅沢な環境だなぁと指をくわえてみてきました。
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by toshishyun | 2008-10-24 07:26 | ラーニングとテクノロジー