中植正剛 神戸親和女子大学准教授 教育工学を専門にする大学教員の日々の雑感


by toshishyun

カテゴリ:アメリカ文化( 36 )

TANDA

今日は、所属する研究チームの先生の発表を聞きました。TANDAという、ヒスパニックの習慣についての発表です。

どこの社会にも、相互扶助の仕組みというものがあります。近代国家では、国が公的に行う、年金制度なんかがそうですね。

TANDAというのは、有志が集まって行う「貯金」の仕組みです。1人いくらと決めて、毎月お金を出し合います。そして、例えば5人のグループだったら、最初の月はAさんが5人分全部もらいます。次の月はBさんが5人分全部もらいます。これを5カ月繰り返すのです。例えば、1人100ドル出すとすると、500ドルが集まります。自分の番が3カ月目だったら、3ヶ月目に500ドルもらうのです。グループによって、毎月ではなく、毎週になったり、期間はまちまちです。

これがなかなかうまくできていて、親が参加者を集めて始めます。参加者の誰かが辞めちゃったら、親がその人の肩代わりをします。契約書もなんにもない、信頼関係で成り立つ世界です。こうやって、銀行に貯金をする代わりに、上手にお金をためるのです。また、TANDAは順番が大事です。最初のほうの順番になった人は、TANDAは、利息なしのローンになるのです。

そのグループで信頼の高い人、つまり、これまでにTANDAに参加してきた古参の人や、親の人が、若い番号をもらうことが多いようです。

このTANDAは、書かれた契約を必要としないので、不法移民や文盲の人たちにとっては、たいへんありがたい仕組みです。また、低利息の銀行に預けるよりも、TANDAに参加したほうが、仲間内で信頼を積み上げるというメリットがあるという理由でTANDAに参加する人もいるようです。

アメリカには面白いカルチャーがいっぱいありますね。
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by toshishyun | 2008-11-18 14:08 | アメリカ文化

prop8 可決

衝撃的なことに、カリフォルニア州でprop8が可決されました。

propというのは、州法を変更するための提案のことで、住民投票によって可否を決します。prop8は、「結婚は異性間に限る」という制限を州法に加える提案で、すなわちゲイの結婚を禁止するものです。今回は大統領選挙と同日に投票が実施されました。

おおかたの予想は、prop8は否決される、つまりゲイの結婚も容認するというものでした。法の下の人権の平等が選択されるだろうという、この予想は覆されました。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/193038/


これは僕にとってはなかなか衝撃的な出来事で、アメリカでもっともリベラルなカリフォルニアでも、同性の結婚には寛容ではないのかと驚きました。同様の法案は他のさまざまな州でも審議されていましたが、カリフォルニアと同様に、ゲイの結婚を禁止するという採択がなされています。

今回のprop8では、賛成派(つまりゲイの結婚反対派)は、「学校でどう結婚のことを教えるんだ!」「教会の収入が減るぞ!」「私たちはもうゲイの結婚に反対するだけで訴えられるんだぞ!」と主張していましたが、それに対して反対派は、「学校で結婚のことを教えないといけないという法律はありません」「日本人を強制収容所に入れたり、白人と有色人種との結婚を禁じてきたり、この国ではこれまでいろいろな差別があったけれど、今回ゲイの結婚を禁じるのはあらたな差別です」「我々は法の下では平等であるはずです」と主張してきました。

僕には、反対派(ゲイの結婚容認派)の言い分に分があるように思います。みなさんはいかがでしょうか。

同性の結婚を容認するかどうかは、社会習慣的な見方による判断もありますが、やはりキリスト教的な判断が大きくかかわっています。賛成派の言う、「教会の収入が減るぞ」という主張にもそれがあらわれています(ゲイが結婚すればなぜ教会の収入が減るのかはよくわかりませんが)。

カリフォルニアは、マイノリティーの人権を積極的に擁護するアファーマティブアクションのように、人権擁護を大切にしてきた州です。かつて、東部のハーバード大学で、「中国人は(カリフォルニア大学)バークレーにいけ!」という人種差別的な落書きが問題になりましたが、そういうことが東部で言われるほど、カリフォルニアはマイノリティーの人権に手厚いのです。こういう風土のある州では、ゲイの結婚は伝統的価値観に反するという単なる社会習慣的な原因だけで、今回の可決は説明できないように思います。やはり、聖書で禁止されているから、同性の結婚は容認できないのでしょう。

さらにすごいなというのは、既に結婚している同姓婚者の無効を求めて、同姓婚反対派が訴訟を起こすということです。いくら法で禁止されたからといって、わざわざ個人生活の領域にまで踏み込んで自分たちの主張をいきわたらせるというところが、日本的な価値観と大いに違うところだと感じます。

アメリカのこういう議論は日本にも必ず影響します。そのときに私たち日本人が考えなければいけないのは、社会問題に対するアメリカの議論には、必ず聖書と教会の影響があるということです。日本人が持つアメリカのイメージとアメリカの実像にもっともずれがあるのが、この点だと思います。アメリカは論理的・戦略的に物事を考えるリベラルな国という顔を持っていますが、もう一方で、キリスト教の価値観に根づいた原理主義的なまでに感情的な国という顔を持っています。こういう側面があることは、ブッシュ政権の横暴によってある程度日本でも知られるところとなりました。

私たち日本人が、「ゲイの結婚」のような問題を考えるときに、よくあるように「アメリカでは」とか、「先進諸国では」というように、他国の結論だけを引き合いに出して論を進めるのは大変危険なことだと思います。私たちは私たちの価値観できちんと物事に対処すべきです。例えば、「ゲイの結婚」については、日本の文化はゲイに対して伝統的に寛容な文化でした。少なくとも明治までは。そういうような歴史をきちんと私たちは踏まえないといけないと思います。
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by toshishyun | 2008-11-09 05:00 | アメリカ文化
来週、インディアナ州で同僚の先生が道徳教育に関する発表をするので、お手伝いしてきます。

道徳教育につかう資料を翻訳していると、次のようなお話がありました。

「戦時中、ゲンタ君という男の子の家族に、飼い犬のゼロを軍に供出せよとの命令が届きました。家族同然のゼロを助けたいあまり、ゲンタ君は、ゼロにひどい扱いをしてから逃がしました。しかしゼロはおうちに戻ってきてしまいました。ゲンタ君はどうしたらいいでしょう?」

さて、これを訳した英文をチェックするために、研究所の同僚の研究者に見せたところ、どうやら「ゼロにひどい扱いをしてから逃がす」というのが腑に落ちないようです。もちろん、「犬がもう人里に戻ってこないようにというゲンタ君の優しさですよ」と説明をしたらわかってもらえたのですが、この辺がアメリカ人の感覚と違うということ。私たち日本人にとっては、ゲンタ君のやさしさはすぐにわかりますよね。

他にも、「末期がんにかかったお父さんにその事実を知らせるかどうか」というのも、アメリカ人にはそれがよく理解できないということ。本人には必ず知らせるものだというのです。これとて、もうどうしようもないのなら、少しでも明るく生きて、できることなら治ってほしいという、日本人ならわかる優しさです。

本当の優しさとはどういうものかを考えさせられるとともに、優しさにも文化が色濃く反映されるのだなぁと思います。

優しさが誤解されるのはとても悲しいことですし、優しさを優しさとしてきちんとわかりあえるようになるにも、異文化間理解が必要なのだなぁとも思いました。雑感です。
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by toshishyun | 2008-11-08 08:04 | アメリカ文化
今日、近所の公園を車でまわってきました。アメリカは格差社会だと実感しました。

道一つ隔てて、5分くらいしか走っていないのに、これだけの違いがあります。

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いいほうの地域の公園は、とにかく緑が多くて、のどかで、バーベキューができるようなテーブルがいくつもあります。日本人らしき親子連れもちらほら。ちびっこたちは元気にサッカーをしています。とっても平和なミドルクラスの午後という感じです。駐車場にはBMWなどがちらほら停まっています。

いいほうではない地域の公園は、駐車場からして違います。ところどころへこんだ80年代のホンダアコード。砂だらけの10年落ちのトヨタ。公園を囲む金網には「ドラッグのない環境を」のポスター。公園内もやや芝生の割合が少なく、コンクリートの部分にはストリートバスケットの設備。ベンチには中学生っぽいのが机に座っていたり、おっさんが呆けていたりします。

ここシリコンバレーはとっても物価が高いことで有名です。家賃はだいたい1500ドル(約15万円)で、これでも1ベッドルームのお部屋です。そして、驚くのは、「いいほうではない」地域でも、家賃は10万円を下らないということです。これは夫婦二人だったらこれでもいいでしょうが、子どもが二人いる家庭では、ベッドルームが1つではとても暮らせないでしょうから、やっぱり家賃は15万くらいは払わないといけません。つまり、日本の平均的なサラリーマン家庭ぐらいの年収では、「ドラッグのない環境を!」などと言っているちょっぴりスリルのある地域に住まざるを得ないのです。

さて、カリフォルニアにはAPI(Academic Performance Index)というのがあります。これは、各学校のテストの結果を指標にしたもので、いわば学校の成績です。これが教育局から公表されています。となると、もちろんいい学校のある地域の不動産価格はべらぼうに高くなるわけです。そして、そういうところにはお金持ちが集まります。そして、良家が揃った地域の学校はますます良くなります。逆もまた然りで、悪い学校のある地域の不動産価格は下落しますし、当然そこには様々な社会問題が鬱積されていきます。このあたりの不動産価格は、日本のような「交通至便」などという要素よりも、このAPIによって左右されるほうが大きいようです。

もうおわかりだと思いますが、先の「いい公園」がある地域はAPIの高い地域です。おまけに言うと、いい公園の地域とそうでない地域の公園では、遊んでいる子どもの人種構成が違います。

安全で快適な環境に住み、いい教育をわが子に施すためには、何億もする家が立ち並ぶ地域、家賃が何十万もする地域に住まなければなりません。そうではない地域の教育はお世辞にも素晴らしいといえたものではありません。
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by toshishyun | 2008-10-24 16:24 | アメリカ文化

夏時間

アメリカには夏時間があります。夏のあいだ、時計の針を1時間だけすすめて、毎日、できるだけ長い時間を太陽の光の元で過ごそうというのだが、10月を迎えてそろそろ夏時間も終わりです。

たしか10月の第4日曜で終わりだったな・・・と調べていてびっくりしました。なんと、変わっていたのです。

2007年から11月第1週までになっていました。なんか、こういう生活の根本に関わるような法律やルールがコロッと変わってしまうことに驚くとともに、あぁやっぱりアメリカだなぁという感を強くしました。
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by toshishyun | 2008-10-20 13:13 | アメリカ文化
テレビを見ていると、Vote Yes for Prop 8(Prop 8に賛成票を!の意味) とか、Vote No for Prop 8(その逆)などというコマーシャルをよく見かける。路上を走る車にもそういうメッセージのステッカーが貼ってあったり、家の軒先にもそういう立て札を見かける。Prop 8ってなんだろうと思いきや、同じようにProp 2というコマーシャルがあったり、Prop7, Prop 10というのがあったりする。どうやら政治的なメッセージらしい。

アメリカはとても自己主張の強い人が多いから、自分の政治的なスタンスをステッカーに貼ったり、家の軒先にプラカードを立てたりする。もう来月には大統領選挙が迫っているが、OBAMA '08とか、McCain & Parin '08などというステッカーやプラカードもしばしば見かける。

さて、Prop 8というのはなんだろうと、よくラジオに耳を傾けてみると、これは「ゲイの結婚を禁止」するためにカリフォルニアの州法を「結婚は男女間のみに限る」ように変更する提案である。Propとはpropositionの略で、州法を変えるために住民投票を必要とする提案のことである。

つまり、Vote Yes for Prop 8とは「結婚は男女に限るという法案に賛成を!」ということで、Vote No for Prop 8とは「そんな法案には反対しよう!」ということなのである。

コマーシャルでは、お互いの主張が展開される。No派は「我々の生活に政府を介入させないで。カリフォルニア州ではみな平等だ。結婚はみんなのものだ。」といい、Yes派は「あなたの子供にゲイのことをどう説明しますか?ゲイの結婚に反対しただけで裁判にかけられますよ。」などと言って伝統的価値観や人権の抑圧を彼らなりに強調する。Yes派はさらに、かつてゲイの結婚を承認して全米中の注目を浴びたサンフランシスコ市長ニューソムの「あなた方がそれを好きかどうかなんて関係ない(=好き嫌いは別にして権利を認めよ)」と声高に叫ぶ主張を繰り返し放送して、ゲイの結婚の容認派の横暴を強調する。

もちろん、Yes派のバックには教会がついている。(アメリカ文化とキリスト教原理主義は切ってもきれないもので、いまだに何千万というアメリカ人が、世界は神によって6日間で作られ、我々人間は神によって作られたということを心から信じている。進化論を信じているのはたったの35%で、先進国中最低レベルである。ちなみに副大統領候補のパリンは猛烈なキリスト教原理主義者である。アメリカでは、キリスト教で禁止している人工妊娠中絶を行っている医師が殺されたり、医院が爆破されたりすることもままある。アメリカのキリスト教についてはまたの機会に書きたい)。

ちなみに、No派のコマーシャルはこんな感じだ。

http://technorati.com/videos/youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DUtUlJel4RR8

Prop 8のNo派にはブラッドピットが10万ドル(約1000万円)を支援したりして、この11月に最も注目される住民投票である。

こんな風に、大統領選挙がらみのコマーシャルに加えて、毎日毎日、他の政治的主張がラジオやテレビで流れる。Prop 2とは動物実験を禁止するという法案であり、Prop 7は2025年までに電力を風力などの新しい発電に切り替えるというものである。Prop 10は天然ガスで走る自動車を購入する消費者への補助金や、天然ガスの車の研究開発に50億ドル(5000億円)をかけようというものである。

これらのPropはいろんな裏があって提案される。もちろんProp 10はテキサスの石油王の力が働いている。多くは利害関係がからむ資本家の多額の政治献金や寄付によって提案される。

日本人にとっては、ゲイやエネルギー問題や動物虐待問題を左右する重要な法律改正に直接住民が参加するということは新鮮である。こう毎日コマーシャルが流れていれば、別に興味がなくてもそれなりに詳しくなってしまうし、住民による意思決定は、さまざまな社会問題を「自分のもの」として自然と捉える態度ができていいなと思う。しかしその反面、住民を取り込むためのイヤらしい金が飛び交う様子もなんとなくに匂ってくる。このあたりが、社会問題に対する日本人とアメリカ人の感覚の違いの原点なんだと痛感する。

ちなみに、アメリカの教育では、州や市などのカリキュラムにおける教育の目的について「政治に参加できる民主的な教養を持つ人材の育成」というような文言が必ず織り込まれる。このような字句は、日本人的には「はいはい能書き能書き」と思ってしまうし、実際僕も最近まで単なる美辞麗句だと思っていた。

ところが、今回客員研究員という、ある程度精神的に余裕のある身分でこちらに来て、テレビやラジオなんかで政治や文化に目を向ける余裕が出てくると、必ずしもアメリカのそういう教育目標が能書きではないことがよくわかる。

日本の選挙はほぼ完全に間接民主主義で、住民投票なんてまぁ一生に一回あるかないかだから、政策ではなく「人」を選ぶことになってしまいがちである。おのずと政策に与える自分の影響力は実感できないし、我々が社会問題に疎くなるのも仕方がない。しかも、どの政治家が何を言ってるかなんて、市民活動家でもない限りいちいち細かくはチェックしていられないのも実情であるから、なおさら政策について判断をしている実感は、我々有権者には少なくなる。

反面、アメリカでは、州の財政や自分たちの生活に直結する政策を選択する機会が頻繁にやってくる。あれこれと主張するコマーシャルを冷静に読み解き、問題の本質を見つめながら自分の政治的スタンスを決めるという、メディアリテラシー的な素養も必要になる。

アメリカ人の社会問題に対する意識が高いから、こういうPropのような制度があるのか、それともこういう制度があるから意識が高いのか、それについて考えても意味はないだろうが、まぁこういう国だ。

別にアメリカが何でもかんでもいいとは思わないし、基本的に僕はアメリカというのは滅茶苦茶な社会だと思ってる。(そのハチャメチャぶりをぜひここに面白おかしく書きたい!)。でも、Propみたいなのを見ていると、日本の地方自治体なんかでも、住民の直接投票で決めてもいいことがもっとたくさんあるはずだ、とは思う。
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by toshishyun | 2008-10-18 16:15 | アメリカ文化