中植正剛 神戸親和女子大学准教授 教育工学を専門にする大学教員の日々の雑感


by toshishyun

字が読めるということ

今日、ウォルマートというスーパーに買い物に行ったときのことです。

ちなみにウォルマートというのは、安売りの巨大スーパーで、どちらかというと所得がそれほど高くない人々が行くスーパーです。隣町にあるちょっとおしゃれなスーパーと比べてみても、人種構成も違えば、駐車場に停まっている車種も違います。なぜ安売りなのかというと、そこで働く人たちの給料がとてつもなく低いからです。

さて、僕が洗剤を買おうとしていたら、「ちょっと手伝ってもらえませんか」と同じ通路にいた店員さんから声をかけられました。なんだろうと近づくと、どうやら目の見えないお客さんを案内している様子。手にした洗剤らしきものを僕に手渡し、「ちょっと、これ読んでもらえませんか?」とのこと。

お客さんのほうが、「ちょっとあたし目が見えないから、これの使い方読んでくれない?」とぶっきらぼうな英語で僕に言います。

続いて店員さんがいいます。「私は字が読めないもので・・・」。よく見ると細かな文字でびっしり、注意書きやら成分やらなんやらが書いてあります。

結局それはトイレ用の洗剤だったのですが、僕はそこに書いてあった使い方を読みあげ、商品名を教えてあげました。

「ありがとうございます。私は字が読めないので・・・」と店員さんは言いました。そのまま、店員さんはお客さんの手をひいて、次のところへと案内していきました。どうやら、お客さんの買い物にひととおり付き合ってあげているようです。

出来事としてはそれだけのことだったのですが、これはアメリカらしいと思った出来事でした。

店員さんが字が読めないということ。こういう出来事がないとあまり気がつきませんけど、やっぱり字が読めない人って身近にけっこういるんですね。日本では字が読めるということがもはや当たり前になっていますが。

アメリカの研究者が、アメリカの所得格差を調べるために実際にウォルマートで働いたという研究があるんですが、そこでわかったのは、とてもではないが暮らしていけないほどの劣悪な就業環境だということ。従業員には保険すら加入させていません。字が読めない人がそういう環境で働いているのは、アメリカ社会の負の部分を象徴しているような気がします。

そして、外国人である僕が読み上げを依頼されたこと。きっと聞きとりにくかったことでしょう。しかし、目が見えないお客さんはそんなことお構いなしに、色々と僕に聞いてきました。まぁしかしこの点は、アメリカらしいというよりは、外国人が多いベイエリアらしいことと言うべきかもしれません。
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by toshishyun | 2009-01-14 12:32 | アメリカ文化