中植正剛 神戸親和女子大学准教授 教育工学を専門にする大学教員の日々の雑感


by toshishyun

prop8 可決

衝撃的なことに、カリフォルニア州でprop8が可決されました。

propというのは、州法を変更するための提案のことで、住民投票によって可否を決します。prop8は、「結婚は異性間に限る」という制限を州法に加える提案で、すなわちゲイの結婚を禁止するものです。今回は大統領選挙と同日に投票が実施されました。

おおかたの予想は、prop8は否決される、つまりゲイの結婚も容認するというものでした。法の下の人権の平等が選択されるだろうという、この予想は覆されました。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/193038/


これは僕にとってはなかなか衝撃的な出来事で、アメリカでもっともリベラルなカリフォルニアでも、同性の結婚には寛容ではないのかと驚きました。同様の法案は他のさまざまな州でも審議されていましたが、カリフォルニアと同様に、ゲイの結婚を禁止するという採択がなされています。

今回のprop8では、賛成派(つまりゲイの結婚反対派)は、「学校でどう結婚のことを教えるんだ!」「教会の収入が減るぞ!」「私たちはもうゲイの結婚に反対するだけで訴えられるんだぞ!」と主張していましたが、それに対して反対派は、「学校で結婚のことを教えないといけないという法律はありません」「日本人を強制収容所に入れたり、白人と有色人種との結婚を禁じてきたり、この国ではこれまでいろいろな差別があったけれど、今回ゲイの結婚を禁じるのはあらたな差別です」「我々は法の下では平等であるはずです」と主張してきました。

僕には、反対派(ゲイの結婚容認派)の言い分に分があるように思います。みなさんはいかがでしょうか。

同性の結婚を容認するかどうかは、社会習慣的な見方による判断もありますが、やはりキリスト教的な判断が大きくかかわっています。賛成派の言う、「教会の収入が減るぞ」という主張にもそれがあらわれています(ゲイが結婚すればなぜ教会の収入が減るのかはよくわかりませんが)。

カリフォルニアは、マイノリティーの人権を積極的に擁護するアファーマティブアクションのように、人権擁護を大切にしてきた州です。かつて、東部のハーバード大学で、「中国人は(カリフォルニア大学)バークレーにいけ!」という人種差別的な落書きが問題になりましたが、そういうことが東部で言われるほど、カリフォルニアはマイノリティーの人権に手厚いのです。こういう風土のある州では、ゲイの結婚は伝統的価値観に反するという単なる社会習慣的な原因だけで、今回の可決は説明できないように思います。やはり、聖書で禁止されているから、同性の結婚は容認できないのでしょう。

さらにすごいなというのは、既に結婚している同姓婚者の無効を求めて、同姓婚反対派が訴訟を起こすということです。いくら法で禁止されたからといって、わざわざ個人生活の領域にまで踏み込んで自分たちの主張をいきわたらせるというところが、日本的な価値観と大いに違うところだと感じます。

アメリカのこういう議論は日本にも必ず影響します。そのときに私たち日本人が考えなければいけないのは、社会問題に対するアメリカの議論には、必ず聖書と教会の影響があるということです。日本人が持つアメリカのイメージとアメリカの実像にもっともずれがあるのが、この点だと思います。アメリカは論理的・戦略的に物事を考えるリベラルな国という顔を持っていますが、もう一方で、キリスト教の価値観に根づいた原理主義的なまでに感情的な国という顔を持っています。こういう側面があることは、ブッシュ政権の横暴によってある程度日本でも知られるところとなりました。

私たち日本人が、「ゲイの結婚」のような問題を考えるときに、よくあるように「アメリカでは」とか、「先進諸国では」というように、他国の結論だけを引き合いに出して論を進めるのは大変危険なことだと思います。私たちは私たちの価値観できちんと物事に対処すべきです。例えば、「ゲイの結婚」については、日本の文化はゲイに対して伝統的に寛容な文化でした。少なくとも明治までは。そういうような歴史をきちんと私たちは踏まえないといけないと思います。
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by toshishyun | 2008-11-09 05:00 | アメリカ文化